古川聡さんと小西宏育院長とは東京大学医学部医学科の同級生で、卒業後の医局も同じです。古川聡さんには医師として、1995年から山本病院の当直を週1回お願いしておりました。古川聡さんが宇宙飛行士候補の最終選抜の3人のうちの1人として残っているということを聞いた段階で、小西院長をはじめ、大学の同級生は、「きっと最終的に彼が候補に選ばれる」と確信したそうです。古川聡さんが宇宙飛行士に選ばれた当時は、院内でも大きな反響がありました。最近、日本で認定を受けた初の宇宙飛行士となり、マスコミでもよく見かけるようになりました。これからのますますのご活躍を祈念しております。

古川聡さんが宇宙飛行士に選ばれた当時の当院周辺の反響が伺える月刊フリータイムの記事をここに転載します。以下は、月刊フリータイムのホームページから引用しました。(一部記事にもなりました)。

●第85回フリータイムクラブ  松戸と宇宙飛行士(1999/2/19)

先ごろ宇宙飛行士に選ばれた古川聡さんは、北小金(松戸市)の山本病院に勤務する医師(非常勤)であることを先日、「掲示板」にも報じたが、女性の角野直子さんも松戸の人という話が長谷会員(大和運送社長)からあった。

何年か前に、同氏が所属する松戸のロータリークラブで彼女は「宇宙への情熱」を語ったことがあるという。宇宙飛行士の毛利衛さんは以前に新松戸に住んでいたことがある(宇宙開発事業団の社宅が新松戸にある)。「松戸は宇宙飛行士と関係が深いのだ!」。にわかに「宇宙飛行士と松戸の強いキズナ」なんかが話題になって、異業種人交流の会は、なにやら気宇壮大な雰囲気を醸し出したのであった。

●新宇宙飛行士・古川聡さん (1999/2/20)

先だっても、新宇宙飛行士の古川さんは山本病院医師(非常勤当直医)ということを報じたが、昨日2月19日、記念写真を撮影。下がその一コマ(写真は割愛)。左より、山本幸子・医療法人清志会(山本病院、大倉記念病院)理事長、古川聡・新宇宙飛行士(東大第一外科医師)、大倉邦夫・医療法人清志会理事、小西真理・山本病院院長補佐(当時)。

古川聡さんは、山本病院(北小金)の当直担当(金曜)だったが、これからは宇宙飛行に向かって進まねばならないわけで、どうやら昨夜(1999年2月19日)が最後の勤務となるようだ。

小西宏育・山本病院院長とは東大医学部同期生で第一外科入局も同じ(先代院長も東大医学部第一外科出身)という関係から、山本病院に4年前から当直医として勤務していたとのこと。

古川さんは、笑顔を常に絶やさず、偉ぶらず、気負わず、素直な人柄が体全体にじみ出ている感じ。 山本理事長によると、人柄が実にいい、周りを気遣い、責任感がとても強い、と。医師として最適のようだ。

新聞報道によると、「地球を見ながら、物思いにふけりたい。宇宙から何か笑いのとれる、ほほえましいメッセージを送りたい」と語っている。で、その「笑い」というところをさらにたずねると、「宇宙では狭いところで長期に滞在することになるので、笑いで雰囲気を和やかにすることも大切と思いまして…」と。ここにも「周りを気遣う」性格が如実にあらわれている。スポーツも好きで野球をやり、守備は、要でもあるキャッチャーなどをやったという。

チームワークは宇宙飛行作業では必須だが、古川さんは最適の要素を備えていることが分かる。話題としては「短歌」や「ダンス」「琴」が出たから、笑いとして落語でもやるといいかもしれない。当方は小話を希望しておいた。宇宙小話をやっていただけるとありがたい。

ところで、宇宙飛行士として実際にスペースシャトルに乗るのは5年後になるとかで、大倉邦夫理事は「私は今84歳(当時)ですが、よし、5年後までなんとしても生きて、古川さんの宇宙遊泳をこの目で見なくちゃ。宇宙でぜひとも頑張って下さいよ。私も頑張って生きるから…」と激励。古川さんは「お元気そうですね。とてもお年には見えません。はい、私もがんばります」と、笑顔で応じていた。ご健闘を切に祈りたい。相模台小―市立一中出身で「松戸の中の松戸」の人・新宇宙飛行士、角野直子さん。北小金・山本病院の医師でもあった古川さん。それに、新松戸に宇宙開発事業団社宅あり。

昨日も書いたが、"松戸と宇宙の縁"てなわけで、ますます宇宙飛行への関心が強まりつつある今日この頃ではあります。 (^^ゞ  (hinoji)


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